ラブライブ!の京極尚彦監督コンテ演出について考える
最高に面白かったTVアニメ「ラブライブ!」。
今まで花田十輝脚本について解説したりしてきた。
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んで、そろそろ京極尚彦監督のコンテ演出について分析するべきだろうと思ったので、アニメを1話から見なおした結果を報告する。
時間と空間が歪んでいる
で、一番最初に引っかかるのはやはり、ラブライブ13話(京極尚彦コンテ回)のこのシーン。
どういう時間の流れで、空港から講堂のライブシーンに繋がるのかよくわからない。
ラブライブ!13話Bパートの時間軸を整理してみた:no title:So-netブログ
この超絶技巧な時間圧縮によって、ドラマチックさが引き立つと共にあたかも一瞬で穂乃果がことりのもとに駆けつけたかのような印象を与える演出になり、スピード感やことりをグッと引き留めるシーンがより印象的で力強いものになっています。マジすげぇ…。
一応こーいった解釈が可能なようだが
「当日いきなりの告知でこんなに人集まらないんじゃ?まして親御さん見に来てるし…ということは、かなり前から穂乃果・ことりに隠してライブの準備してたんじゃないのか?」とか
「ことりちゃんの制服はいったいどこから……一度家に帰ったのかしら?」とか
「ことりちゃんの髪型変わってるし(リボンがついてる)」とか……
ってんで、時間経過がよくわからん。無理やり考えれば理屈は付けられるんだろうけど、その理屈を説明するカットを本編では描いていない。
というか、この「時間経過がよくわからない」「居るはずのところに居ない・居るはずのないところに居る」というのが京極尚彦コンテの特徴のような気がする。
空間が歪んでいる例
例えば、5話のアバン(京極尚彦コンテ回)。
ズームイン・ズームアウトを繰り返す忙しないカットを繋げるのもすごいけど、ニコ先輩の位置取りがわけわからん。
デコピンした方向とは違う方向から現れている。何?穂乃果がデコピン食らっているモーション中に反対側に回り込んだのか?この娘は……。
これを見たとき、「京極尚彦は天才だ」って思ったことを記憶している。
(もちろんこのシーンは、「ニコの神出鬼没性」を表している演出なんだけど)
時間が歪んでいる例
例えば、3話の海未ちゃんが立ち上がって部屋を出て行くシーン(京極尚彦コンテ回)。
これも、「いつの間に帰り支度(服・カバンを持つ)したんだい?」ってなるよね。
(参考:ラブライブ3話に見る「時間を盗む」 - まっつねのアニメとか作画とか)
他にも、1話のライブパートの入り方(京極尚彦コンテ演出回)も時間が歪んでいる一例。
ラブライブ!を花田十輝から読む - WebLab.ota
この、「ああ、これからいったいどうすれば」「どうすれば」「どうすればいいの?」「(歌)だって可能性感じたんだ、そうだ進め。後悔したくない。目の前に僕らの道がある」のシーケンスに突然突入するところは、どっからが本当にあった話で、どっからが脚色・後日撮り直した(と思われる)シーンなのかさっぱりわからない。
運動描写も歪んでる
例えば、1話のアバンのこのシーン(京極尚彦コンテ演出回)。
明らかに階段の上からジャンプして下まで降りる運動描写に見えるが
1話のBパートで、手すりに飛び乗る運動描写であることがわかったりする。
すげぇ無理ある運動描写・カットの繋ぎに思えるけど、これがナチュラルに、さらっと出てきて、なんとなく繋がってしまう……これが京極尚彦コンテマジック。
歪みによる速度感・加速感
上述したラブライブ13話の「クロスカッティングで異なる時間を繋げる手法」は、よく見る手法ではある。
「夏色えがおで1,2,Jump!」のPVでは一般的によく見る形のものが使われている。
この普通の「クロスカッティングで異なる時間を繋げる手法」に対して、1,3,5話の歪みを足していくと13話にたどり着くのかも知れない。
徐々に歪んだ世界に慣らされていって、最後にとんでもないところにまで連れて行ってくれた。
なんか穂乃果ちゃんみたいだね。
ですが、穂乃果は連れて行ってくれるんです。私やことりでは勇気が無くて行けないようなすごいところに
テンションの高さとも言う
例えば、5話のテンション上がるにゃーのシーン(京極尚彦コンテ回)。
無駄な作画力、そして、最後の三回パンの変形みたいな足の滑り。
いや〜このアニメは終始テンション高いんだよね。