限定客観性の中での初音ミク

技術力が評価されるニコニコ動画 『初音ミク』 - WebLab.otaという記事に対してhttp://wiredvision.jp/blog/hamano/200711/200711011100.htmlからトラックバックを貰えた.素直に嬉しかったりします…
つか,錚々たるエントリの中に私の書いたエントリがあるってのがすげービビりました.

客観的な評価がニコニコ動画内で可能か?

先のエントリでは,オープンソース現象は客観的な評価が存在しなければ,それほど有効には働かないはずであるのに,LinuxWikipedia*1同様に,ニコニコ動画で行われている創作活動(の一部)――音楽や映像という、ごく一般的な「趣味的」コンテンツには《客観的》に評価しうる外的基準が存在しない――がオープンソース現象として機能しえたのか?」
という疑問に対して

それはマイリスト登録数や再生数による「ランキング」の高低や、「弾幕」の多寡等、さまざまなニコニコ動画上の「盛り上がり」を示す指標によって日々計測されている
(中略)
ニコニコ動画上で共有されているコンテンツの評価基準は、そのコミュニティにおいてのみ通用するという意味で、(中略)「限定客観性 Bounded Objectivity」とでも呼ぶべき性質を有している

からではないか?という考え方を提示している.

つまり,ニコニコ動画内では集合知によって計測されているコンテンツの注目度・人気度がそのまま,ニコニコ動画内での客観的な評価になっているのではないか?という指摘だ.

ニコニコ動画内でしか理解されないのか?

この指摘は,非常に面白い.
舞台装置としてニコニコ動画のような,アーキテクチャ(情報環境)を用意してやれば,限定的ではあるけれど,客観的な評価が抽出でき,オープンソース現象を効率的に進めるために必要な客観的な評価基準として使うことができる.
…つまりLinuxWikipediaで行われているオープンソース現象が,その評価基準を既存の社会にある『信頼性』に頼っているのに対して,ニコニコ動画で行われているオープンソース現象は,その評価基準さえ,情報社会の中で自ら作り出しているのではないか?…というネット社会の新たな可能性を見出している.(つまり客観的な評価基準をアーキテクチャ内で作り出すことができる)


しかし,この指摘が鵜呑みにするならば,すなわち

「コミュニティの内部では普遍的で客観的であるかのように成立している基準が、外側からは理解不可能である」

となり,ニコニコ動画内で人気のある動画や音楽やネタは,ニコニコ動画の外側ではまったく理解不可能ということになり,TBSや未だにニコ厨といって卑下する人々や初音ミクを嫌う輩をある程度は許容しなければいけなくなりそうでもある.

ニコニコ動画内での評価はどこまで普遍的なのか?

この「ニコニコ動画内での評価はどこまで普遍的なのか?」みたいな議論はすでにいろいろされている.今回はその中の初音ミクに関するものからいくつか引いてみるけれど

それは、先端技術がエンターテインメントと出逢うところにのみ存在するあのスリル、いま何かが起こっている、何か新しいものが生まれようとしている、その興奮だ。
 初めてプレイステーションの画像に見入ったとき、あるいは『ジュラシック・パーク』で恐竜が闊歩している場面を目にしたとき、同じ興奮を感じた。
 何かが起こっている。何かが変わろうとしている。いままでに見たこともないものがここにあり、そして瞬く間に進歩していく、その現場に、ぼくは、ぼくたちは立ち会っている。
初音ミクの魅力はオタクにしかわからないのか? - Something Orange

初音ミクにしても、アイマスMADにしても歴史に残るぐらいのモノを動画作成者は作りつつあるな、と自分は思うのだけど、それが何故か伝わってないことが多くて、ものすごく歯がゆい。
「そういうバーチャルアイドルに萌えるとかキモい」とか「所詮オタクコンテンツだろ」という批判はもっともだと思うけど、そのような批判をしている方々自身にキモい部分がないという保証は全く無いし、オタクコンテンツであろうとその将来性を見出してる人はすでに見出しているし、それ以前にそのコンテンツが大好きなのだから好きなモノを批判されても痛くも痒くも無いというか、その時点において痛いとか痒いとか言ってる連中は愛が足りんだろ、という話です。
初音ミクが流行った理由などあれこれ - 花見川の日記

サンプリングもアリ、リミックスもアリ、これからは初音ミクのような合成歌唱もアリアリということになるのだろう。音楽の機械化による疎外がどうとかを問題にするのは、10年〜半世紀は遅いかなあとは思う。
はてな

道具などというものは専門性に特化すればするほどマニアックであるが故にオタな人しか持たないし興味関心を抱く事はない。
http://d.hatena.ne.jp/ululun/20071020/1192854777

先のエントリとは私の持っている問題意識がかなりずれているけれど(先のエントリは情報社会の可能性とかあり方みたいなものに意識が行っている),次回にでも「ニコニコ動画内での評価はどこまで普遍的なのか?」みたいな視点で書いていこうと思う.

*1:LinuxWikipediaには客観的な評価が存在していた